大阪高等裁判所 昭和33年(ツ)43号 判決 1960年7月14日
上告人 東山英雄
被上告人 岩橋ツルエ 外二名
主文
原判決を破棄し、本件を和歌山地方裁判所に差戻す。
理由
上告理由は別紙のとおりである。
調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立したものとし、その記載は裁判上の和解と同一の効力を有するのであるから、調停条項の作成に付ては簡潔明確を旨とすると共に、調書の記載のみによつて合意の内容を明かにすることを必要とし、調停成立の後再調停又は別訴を重ね、調停委員或は当事者その他の関係人を尋問しなければならぬような事態は極力之を避けるよう努めなければならぬこと勿論である。
ところで、本件において問題となる調停条項の第一、二項には次のとおり記載されている。
「一、申立人は相手方に対し本件和歌山市南休賀町三番地宅地二百二十一坪七合九勺の西部に建設せる木造ルーヒング葺居宅(建坪九坪)を昭和二十八年八月末日限り収去して本件土地を明渡すこと、
一、右収去については相手方は前項の家屋を有姿のまま、和歌山市内の適当の借地を斡旋し、これに移築するものとする。尚この費用は水道及び電燈設備を除き相手方に於て負担することとする。」
而して右第一、二項を比較して考察するとこれらは互に相関連しているので、第一項のみを切り離して上告人(右調停申立人)が単純無条件に家屋収去土地明渡を承諾したものとみることはできない。而も、右第二項の記載は頗る不明確であつて、先づ、同項の内「これを移築するものとする」との行為をなす義務者が、上告人であるか或は被上告人先代岩橋辰之助(右調停相手方)であるかは、その前後の文章との脈絡を考えても判然としないし、又第一、二審のすべての証拠調の経過を見ても、この点の審理を尽した形跡が無い。
若し之を右辰之助において移築する義務を負つたものとすれば、之は調停条項第一項と完全に矛盾することとなり、又上告人が移築することを約したものと解するにしても、その前提として、辰之助が「和歌山市内の適当の借地を斡旋し」との約定が付せられている。この場合適当な借地であるか否かに付ての判断を何人がなすべきかの点に付ては、原判決は『本件調停調書第二項の「適当な借地」との文言は本件家屋を移築するに必要な面積を持ち、そこで控訴人が居住し生活することが社会的に可能でかつ控訴人の使用が許される土地の範囲において、その斡旋すべき土地の選択については被控訴人方に委ねた文言と直ちに解釈することができる。』となし、上告人は、右辰之助において一方的に定めたところに拘束されるものと判示している。併しかかる重要な事項を調停当事者の一方の意思に委ねる約旨であつたと解することは到底許されない。かような場合本来は、移転先の土地をも調停の段階において確定しておくのが当然であるが、一旦かような調停が成立した以上斡旋にかかる借地が適当であるか否かの判断は終局的には、執行文付与の手続における裁判所の判断に待つべきものと解するほかないのであつて、原判決の理由は不当である。
更に本件調停調書第二項の「適当な借地」とは、本件家屋を移築することが法律上も可能な土地、すなわち建築基準法の規定に適合する面積を有する敷地であることが必要であると解すべきところ、原判決の引用する第一審判決の理由の記載によれば、被上告人先代辰之助が上告人に提供した和歌山市餌差町所在の土地は総坪数十四坪であり、一方移築すべき家屋は前記のとおり建坪九坪であるから、右土地が上告理由の謂うごとく建築基準法第五五条所定の建築面積の敷地面積に対する割合の要件に適するか否かを判定することを必要とし、そのためには右土地が同条にいういずれの地域に該当するかをも審理すべきであつて、原判決が之をしなかつたことも審理不十分理由不備の違法があると謂わなければならない。
以上の次第で本件上告は理由があるから原判決を破棄し、本件を原審に差戻すべく、民事訴訟法第四〇七条第一項に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 加納実 沢井種雄 河野春吉)
上告理由
一、第一点
原判決は判断遺脱の違法がある。
即ち原判決の判断するところによれば本件調停調書第二項「適当な借地」の文言は本件家屋を移築するに必要な面積をもちそこで上告人が居住し生活することが社会的に可能でかつ上告人の使用が許される土地の範囲においてその斡旋すべき土地の選択については被上告人方に委ねた文言と直ちに解釈することができる。
また、右借地の斡旋を条件として控訴人が収去して明渡すべき家屋ならびに土地の選定については本件調停調書第一項において何ら欠ける所はない。従つて本件調停調書は強制執行により実現すべき給付義務の種類、内容、範囲を具体的明確に特定しているものであつて執行文を付与すべき債務名義としての要件に全く欠けるところがないとの判断である。
が本件被上告人の斡旋された所謂「適当な借地」の地積は判決摘示の通り約十四坪にして而かも同地域は住居地域内に相当し之れに本件家屋(建坪九坪)を有姿の儘移築するにおいてはその残存空地は僅かに五坪に過ぎず従つて同ケ所に本件家屋を移築することは建築基準法第五五条による敷地面積から三十平方メートルを引いたものの十分の六を超えてはならないことを規制されあるところにして従つて本件家屋は同法条に違反し事実上その移築を法が許容されないところである。
果して然らば原判決摘示の如く本件家屋を移築するに必要なる面積をもちそこで上告人が居住し生活することが社会的に可能でありと判示されあるも決して必要なる面積たり得ないのみならずその居住及び生活に支障を来たさしめないものと云ふことが出来ない。
要するに本件債務名義の内容を為す実質的権利の内容が真に不明確にして給付義務の内容が詳かでないところで債務名義の効力に付て瑕疵ありと云はざるべからず。
凡そ執行文は強制執行を許さるべき場合に限り付与さるべきもので執行文付与に付ての条件反対給付の有無その内容の判然せざる債務名義に対し執行文を付与することは元より許さるべきものにあらざるに不拘前述の理由を以つて之れを認容せられ尚果して斡旋された移築地が建築基準法に適法の土地なるや否や移築可能の土地なるやに付て判断せらるるところなく全く原判決は審理不尽にして法令を無視した判断遺脱の違法である。